フランスの田舎で畑、子育ての日々いろいろ

カテゴリ:日常のアレコレ( 129 )




夢と寝言

昔から、寝言をよく言う癖がある私。

カナダにいた頃は、一緒に住んでいた友達が
いきなり寝言を言う私にびっくりしていたっけ(笑)

ジョスと一緒に暮らし始めた当初は、
寝言を聞かれるのが恥ずかしい…と思っていたけれど、
今では普通になりました。

といっても毎日寝言を言うわけでもないし、
実際ジョスもたまに寝言を言うことがあるので、
お互い様といった感じ。


で、つい先日のこと。

夢全体を覚えているわけではないのですが、
夢の中で、高校時代からの友達何人かと一緒にいる私。

友達と、先生だか誰だかを 「あの人、〇〇に似てるで!」
「え~、そうかぁ~」、 「ホンマや!」 と言いながら
何やらやりとりをしていました。

制服を着ていたのかいなかったのかも
ハッキリ覚えていません。

そんな、誰かに似てる、似ていないの会話が続き、
最終的に友達が、
「見て!あれは確実に、阿部寛やで!」 と言い出し、
私がその人を見ると、そこには阿部寛がいました(笑)

というか、阿部寛に似てる人を自分の夢の中で見るのも難しいのか、
そこには阿部寛本人と思われる人しか居ませんでした。

というよくわからない夢で、
その阿部寛を見た瞬間、私は爆笑。

夢の中で爆笑したはずが、現実にも爆笑し
寝ながらよくわからない声を出し笑った、という先日の出来事です。

ジョスに気づかれたかな~と思って翌日話すと、
全然気づいていなかった様子。
”気づいてくれてても面白かったのになぁ…”
と恥じらいはどこえやら、それを聞いてちょっと残念な私でした。

今までも夢を見て笑うことは何度かありましたが、
爆笑したのは今回が初めて。

こんな面白い夢ならいくらでも見たいわ~。
しょうもないけど(笑)


この夢をきっかけに、
学生時代のことを思い出しました。

そういえば…中学の修学旅行で
長野にスキーをしに行った時のインストラクターは、
舘ひろしに似ていたし、
高校の時の修学旅行(高校の修学旅行も長野でした)
でのインストラクターは、反町隆史に似ていると言って、
「ソリマ」 と呼んでいたり、
高校の国語の先生は、ミスターオクレに似ていて
「オクレ、オクレ」 とみんな呼んでいたっけなぁ。

ホント、しょーもないことやけど、
そんな事が楽しかったな~と
夢を通してしみじみ思いました。
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by naomusic | 2014-08-25 19:43 | 日常のアレコレ | Comments(0)

本からのメモ

最近読んだ渡部和子さんの「美しい人へ」の中で
自分がメモしておきたいこと。

‐真に自由な人とは孔子の言葉にあるように「心の欲するところにしたがえども
矩をこえず」といって、思った通り振舞って、そのすること、なすことが正しいこと、善いことである場合にのみ言えることです。つまり、真に自由な人とは、善悪をはかりにかけて、そのどちらでも等しく選択できる人ではなく、真の善を妨げなく追い求めて行くことのできる人です。情念に妨げられることなく、無知の不自由さに拘束されることなく、自由に振舞ってなおかつ人の道に外れない人です。そして、そうなるためには自分との戦いが必要です。

‐人間関係は、連帯感を必要とする一方、個の確立を必須のものとします。それは、自分にしか送れない生活を自分が送ることへの責任と誇りを持った人の生き方であり、同時に、他人にもそれと同じ権利があることを認める生き方です。人間関係のむずかしさに「我の強さ」がよくあげられますが、それは、他人を無視した自己の主張でしかなく、真に求められるのは「個の確立」であります。

‐信じるということは決して、事実を否定したり、隠蔽したり、事実から逃避することを意味していない。自己の判断力を弱めることでもない。それは、この世の中には、目に見えない世界があることの確信から出発し、信頼に応える人間性への畏敬の念と、自分の判断がすべてでないという謙虚さと、裏切る可能性のある人間の弱さへの寛容をふまえた上での、きわめて人間的な行為である。

‐信頼というものはお互いが大切に、宝のように育ててゆかなければならないもので、信頼することによってのみ、「信じていたい」ことが事実となって招来されるのである。その意味で信頼こそは、科学万能の世にあって、奇跡を働くものといって良いかも知れない。

‐信じることの辛さ、厳しさは人間本来の真偽をたしかめたいという欲求を抑えること、または放棄するところにある。たしかめる対象は事実であるのに対し、信じる対象は真実だと言っても良い。山本有三の“真実一路”という小説の中で、不義の子として生まれた娘が、自分の出生の秘密をひた隠しに隠した義父を恨むくだりがある。その時、叔父にあたる人が娘に向かって、「お父さんがお前にうちあけなかったのは、ただ隠しているのではない。うそを言っているのではない。そこには事実を超えた大きな真実があるのだ。事実を語ることは、だれにもできるが、真実で押し通すことは、そうだれにもできることじゃないよ」と言っている。
今の私たちは、テレビなどの情報機関の発達、視聴覚教材の豊富さの故に、あまりにも事実の世界になれてしまい、存在するものは事実だけであって、目に見えない真実の世界と呼ばれるもののあることを忘れてしまっているのではなかろうか。

‐事実の世界では「一」は「十」より少ない。しかし、真実の世界では「かけがえない一つ」の重みは数としての「十」の重みと比べられない時さえあるのだ。星の王子さまは自分の星に一輪のバラを残して地球にやって来た。そこで見つけた五千本ものバラの花に向かって、「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけねんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。ぼkのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちと同じ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなより、たいせつなんだ」と言う。王子さまにとってその一輪がそんなに大切なわけは、そのバラのために時間をむだにしたからだ。つまり、目に見えないたいせつなもの――愛――を注いだからだと言うのである。

‐意味はあるというより自分で与えるものなのかも知れないのだ。そのもの自体に意味がなくても、それを意味あらしめるところにほんとうの人間の生き方と深い喜びがある。

‐日本人が人間というとき、読んで字のごとく人の間に生まれ落ちたものということで、神とも動物とも異なったものとしてのとらえ方は通常なされていない。仏教の輪廻の思想に強く影響されてか、天上界にも生まれ得、畜生道にも落ち得るもの、そしてたまたま人間界という場に前世の因縁で生まれたもの同士の集まりといった感がつよく、したがってヒューマニズムといっても、日本の場合、その「かなしい存在」同士のいたわり合いといった情緒的なものが強いように思われる。人間主義というより人情主義だといわれる所似であろう。昔、「恩知らずは人でなし」といわれたが、人間が人間らしくあるということは、人の間の義理、人情、恩をわきまえていることによって証明されたのであって、ヒューマンとしての捕え方、つまり動物と異なって自由を持つもの、また神と異なって不完全なもの、この両者を絶妙なバランスのもとに伴わせそなえるべきユニークな存在としてではなかった。「ひとぎきが悪い」「ひとまえを考えなさい」「ひとに知られたらどうします」「ひとに言わないでください」。これら一連の「ひと」の用法はいずれも、世間体、世間をあらわしていて、「人間に言わないで、猫になら話してもいい」というような使い方はしないのである。

‐このようなヒューマンと人間との違いを理解していない結果、ヒューマニズムが単なる自分より不幸な人への同情に終始し、人間の尊厳と切っても切れない「責任をとる能力」が相手にあることを忘れ、また一方では、人間の本質的な弱さに対してのゆるしというよりも、「いいじゃないか、大目に見てやろう」というこれまた、当事者でない者が持つ安易なゆるしになり終わっている事実があまりにも多い。

‐外国人と日本人の言葉への態度の違いとしてよくあげられることに、「イエス」と「ノー」の使い方がある。「昨日は雨が降りませんでしたね」に対して日本風に答えれば、「ハイ、降りませんでした」、外国風に答えれば、「イイエ、降りませんでした」となる。後文を略すると、まったく反対の返事となることに気づく。日本人が相手の気持ちを中心に答えているのに対して、外国人は事実を中心に答えるところからの違いだろう。この日本人の相手を思いやる気持ちをいつまでも失いたくない一方、あまりにも状況に左右されて、自分の主体性、事実の客観性を失うようなことがあってもいけないと思う。

‐かかる襖、障子に四方とりかこまれて、たえず、隣室を思いやり、人の気持ちを察しながら育った日本人には、ドアの文化の中で物事をはっきりさせながら育った人たちと異なった細やかな、同時に他を慮りすぎる感受性が訓練されてきた。石の具体的表示がなくても、襖が立て切ってあれば、「入ってほしくないのだな」と察し、ヒソヒソ話が聞こえれば、「聞いてほしくないのだな」と察するという、名人芸とも言うべき「察し」と「思いやり」を育てる要素が従来の日本人の生活様式の中にあった。
 今、次々に建てられてゆく団地、マンション、個人住宅がどれほどの襖、障子のたぐいを残しているのかは知らないが、「鍵っ子」といわれる程、ドアの文化で育つ子どもたちと、襖の文化の中で育った人たちとの間に、人間関係がなかなかうまくゆかないのも当たり前かも知れない。

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by naomusic | 2014-08-12 20:51 | 日常のアレコレ | Comments(0)

言葉の大切さ

フランスに来て、フランス語を勉強し始めてから
フランス語の難しさと同時に、日本語の難しさも感じています。

日本語独特の表現として、擬音語がありますが、
フランスではほとんどこの擬音語というものを使いません。

例えば、「ガサガサ音がする」 
「サーっと流れる」 「シトシト(ポツポツ)雨が降る」 
「フツフツ沸く」 … 等々、
この他にもたっくさん私たち日本人は音を表わす言葉を使っていると思います。

でもこれが日本国外となると、
もちろん通じないので、なかなか使えることがなく、
例えば何かの状況を説明する際に、
どう説明していいのか分からない時があります。

私は日本人ですが、
日本語でも知らない言葉や表現が沢山あるし、
本をたくさん読んできたわけでもありません。

外国語を勉強していると、日本語にしかない表現、
外国語にしかない表現を発見することがあり、
それを理解する最終手段は、感覚的なものとなります。

その感覚を理解できるようになるまでは、
まだまだ時間を要するし、その国の人でないとわかりきれない事もあります。

ただどんな言葉を話すときも、
その言葉の美しさを理解して、
できるだけ綺麗な言葉、表現で話せることが理想です。


例えば、私は英語のFワードが好きではありません。
英語を勉強したての頃は、面白がっていたけれど、
やはり耳にすると気持ちがいいものではないし、
何だか聞いた後は後味が悪いような感じがします。

フランス語でもそう。

ジョスの職場の若い世代の人たちは、
お互いを面白がり汚い言葉で罵倒し合っているようですが、
面白がっているとはいえ、脳にはしっかりとそれらの言葉が刻み込まれます。

子供がいるなら尚更。

出来るだけポジティブで美しい言葉を使いたいものです。


私は未だに子供のころに言われ、自分が傷ついた言葉を覚えています。

それから私は、その言葉を決して使うことはなくなりました。

美しい言葉は、その人自身を美しくしてくれるもの。

私もこの年にして、まだまだ知らない日本語の勉強もしたいなと
沢山本を読もうと思っているところです。
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by naomusic | 2014-08-06 19:48 | 日常のアレコレ | Comments(0)

人生の法則

頭の中で思い描いていることが
なかなか実現しない時、
人は苛立ち、モヤモヤとどうしようもない気持ちになると思う。

面白いもので、
上手くいかないことが一つあると、
それに伴うようにあれもこれもと思うようにいかないことが出てくるんだな、これが。

逆に、一つのことが上手くいきはじめると、
その波に乗るかの如く、今までなかなか先に進まなかったことが
ポンポンと進んでいったりするもの。

こんな状況の時、人はどうするか。

「もういいや。」 と問題を投げ出してしまうのか、
それとも忍耐強く、今は超えられない壁を超える方法を探すのか…

きっと人それぞれだと思う。


神様が作られた私たちの人生には、
法則というものがあるのだろうか?

私は壁にぶち当たったら、
そんなことを延々と考えます。

でもきっとその答えは、人生を終えてからじゃないと
わからないだろうな~と思います。
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by naomusic | 2014-08-05 21:46 | 日常のアレコレ | Comments(0)

宗教のこと

6月30日から約1週間、泊りがけでカトリックの勉強をしに行ってきました。
日本では10日間のヴィパッサナー瞑想をしたことがありましたが、
同じような感じでした。

月曜日の夜から土曜日の夜まで、ひたすらイエス・キリストの歴史や
カトリックの瞑想、自分が犯した罪のこと、カトリックでの決まり…などなど
色んな話を聞き、そして1日3回ほどの瞑想をしました。

1週間の間、他の参加者とは話をしてはならないという決まりがあり、
自分と神イエス・キリストに集中するというものでした。

ヴィパッサナー瞑想に比べれば、少しゆるい感じだったので、
全く苦痛でもなく、おいしいご飯も食べられたし、
わからないことはシスターや神父さんに直接質問もできたしで、
割と快適に過ごすことができました。


更に、大人になってから洗礼を受けカトリックに改信した私ともう一人の女性には、
特別に神父さんからカトリックについての基本的なことも講義してもらいました。

といっても、もちろん全てフランス語だったので、
全部は理解できず、更には苦手な瞑想も毎回テーマに沿ってすることになっており、
理解不足の私は1週間ずっと神父さんに質問しに行く日々でした。

瞑想のテーマというのは、自分が持つ記憶、智慧、意志について。
そして、イエス・キリストの生涯や自分が犯した罪について等々。

正直私は瞑想云々よりも、カトリック教徒として生きていくにあたり、
その決まりと自分がしたい事&自分の考え方との間に沢山の疑問点が浮かび、
毎日それに対して神父さんに質問をしに行っていました。

というのは、私が6年間熱を注ぎやってきたヨガをしない方がいい、
と言われたのがまず一つ。
神父さんに何故ヨガがいけないのか、という質問をしたところ、
「私はヨガの事を良く知らないけれども…」と言った後、
ヨガの哲学に問題があるとのことでした。
「ヨガの事を良く知らない」 と認められた瞬間、もうカトリックに関わる人たち誰にもこの質問をするのはやめようと決めました。
なぜなら、私はずっと「ヨガの事を勉強したわけでもない人たちが、なぜ表面的な事だけでヨガをしてはいけないといえるのだろう」 と疑問に思っていたから。
ヨガとカトリックとの間のことは、自分が納得できればいいや、と思ったのでした。

ヨガスートラの八支則の中にある、ヤマ・ニヤマ。
Ahinsmsaアヒムサ(非暴力)
Satyaサティヤ(正直)
Asteyaアステヤ(不盗)
Brahmacharyaブラフマチャリア(禁欲、梵行)
Aparigrahaアパリグラハ(不貧)

Shauchaシャウチャ(清浄)
Santoshaサントーシャ(知足、満足)
Tapaタパス(苦行)
Swadhyayaスヴァーティヤーヤ(読誦)
Ishwara-pranidhanaイーシュバラ・プラニダーナ(最高神への信仰、自在神祈念)

そしてカトリックにおいての、7つの罪。
Orgueil 傲慢
Avarice 物欲
Luxure色欲
Colére怒り
Gourmandise貪欲(大食)
Envie妬み
Paresse怠惰

これって私にはどちらも生きていく上での心得として、
同じことを言っているようにしか思えません。

実際、ヨーガスートラが成立したのが紀元後(イエス・キリスト誕生後)400~450年だと
いわれているので、もしかしたらイエス・キリストの教えも少し関係しているのかも?
などと思ったり。

とにもかくにも、むか~し昔のことなので、
現在の私たちには真実はわかりません。

もちろん私は神様を信じているし、毎週ミサにも行くし、
神様にお願いしたい、祈りたいと思えばイエス・キリスト、もしくは聖母マリア様に
向かってお祈りをします。

でも、やっぱり共感できないのは、
神父さんたち(実際にジョスも)から他宗教の事を批判交じりで聞く事。
それには正直、もううんざり。

私は純粋に神様を信じ、他宗教の人もどんな人も尊重し合うのが
信仰に沿った考え方なのではないか、と思えて仕方がない。

現に、私の祖父は真言宗だし、そのことについても神父さんに質問をしました。
すると、「彼らのために祈るだけ。神様が何とかしてくださる」という答え。
結局、最終的には「祈る」ということらしい。

私はもちろん祈りもするけれども、全てのものは神様が与えてくれたものなのだから、
神様が決断されること、自分の意思であってもそれは神様と共にあるもの、
だから全てはなるようになるのだし、なりたいようになることも出来るのだと
いうのが私の考え。

まだまだそれぞれの宗教の歴史について、それに絡む国々の歴史についての
知識が浅い私なので、知らない事や理解できていない事も沢山あるのは事実。

根が真面目過ぎる私なので、考え過ぎなのかもしれませんが、
実際ジョスもジョスの家族もそして私もみんなが関係していることだから、
考えずにはいられません。

そんな宗教の事と自分の考えの間で悶々とする日々ですが、
カトリック教徒だった作家の遠藤周作さんの、「侍」という小説を読み、
この人もきっと私と同じように悶々としていたのかなぁと
感じたと同時に、悶々しているのは私だけじゃないのかなと少し気持ちが楽になりました。

まあでも実際、宗教と政治が根っこに絡んでいるから、
世界で争いがおきたり、批判し合ったりという問題が出てくるんですよね。

気晴らしにティティンと外で遊んで来ようと思います。
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by naomusic | 2014-07-16 21:13 | 日常のアレコレ | Comments(0)

人の成長

先日、LAVA奈良駅前店のブログを読んで、私の後輩がすご~く変化し成長したのだと感じました。

すごいな、と感じたのと
こんな先生のレッスンを受けたいなと思いました。

冷静に何にも邪魔されるとこなく、
自分のこと、身の回りに起こる事をポジティブに捉えられること。

これは本当に素晴らしいことだと思うし、
気持ちに余裕がある証拠。


今の私は特にすることもなく、一人で考える時間が増えたので、
日々入ってくる情報の中でも、ネガティブなことを深々と考える癖がついてしまいました。

ネガティブなエネルギーはポジティブなエネルギーに比べると、
引っ張られる力が強くて、それと向き合うには本当に大きなエネルギーを使います。

でも、ふと気づくとどうでもよくなっていたり、
人って本当によくわからない。

人のことは人の事、自分のことは自分の事、
と割り切れるフランス人のように私もそのうちなれるのかしら…


まあでも、毎日起こることは起こること。
考えるだけでもしょうがないんですけどね。

と、そんな人の成長をブログを通して感じられた私。

次の帰国時には、是非とも後輩の子たちのレッスンを受けたいです!
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by naomusic | 2014-05-19 20:58 | 日常のアレコレ | Comments(0)

過去の自分から

ここ数日、過去のミクシィでの自分の日記を読み返しています。
2006年から日記を書き始めた当時の私は、23歳。

日記では、だんだん年と共になんだかんだと書いているけど、
30歳の自分から見ると本当に幼くて、純粋で可愛らしいものだと思える。

40,50歳と年を重ねていくと、
30歳の今の自分のことも振り返った時には
幼く可愛らしいものに思えるのかもしれない。

2006年の日記から、自分が「死ぬまでにすること」と
決めていたことを書いていたものを発見。

フランスに2週間語学留学&ホームステイ

JAZZバーでサックス吹く

香港でメッチャおいしいアワビとフカヒレの姿煮食べる

NBA見に行く

LAのビーチでローラーブレード

グランドキャニオン・ヨセミテに行く(アメリカ西海岸制覇)

ついでにアメリカ東海岸も制覇

スーパーで買い物して、茶色い紙袋に入れてもらう(魔女の宅急便のやつみたいに)

イースター島にモアイ見に行く

ROUTE66を車かバイクで走る

南米放浪の旅(WITH スザン)

好きな人に真っ赤なバラの花束もらう(100本程度)

NYでMETHOD MANに会う

HUMMERに乗る(できれば運転も)

カルティエの時計買ってもらう

結婚する


当時はカナダから帰ってきて2年ほど経った頃で、
ブラックミュージックやNBAにハマっていたんだなということが覗える。


この中からどれだけの夢が叶えられたかというと、
まず、HUMMERには乗せてもらったし、
南米にはスザンとは行けなかったけど行ったし、
フランスには現在滞在中。

赤いバラに関してはジョスに言ってみたけど、
なんなくスル―された(笑)

結婚はもうそろそろできるかも?!

ジャズバーでのサックスは、発表会を入れれば叶ったことになるのか?

あとの夢は、今はあまりそこまで魅力を感じていない。


したいことも、その時そのときで変わっていくのだな~と感じています。

そして、過去の日記を読んでいて、
自分が少しでも成長できたんだということに気づけたのが嬉しかった。

これからも色んな経験を重ねて、
修行だと思っている人生を気持ちよく生きていきたいと思います。
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by naomusic | 2013-08-11 23:21 | 日常のアレコレ | Comments(0)

61回目

本日4月22日は、母のお誕生日。
そして母の双子の妹の叔母のお誕生日です。

61歳になりました。

母の誕生日にはいつも、
自分が生まれてきて今まで家族と過ごしてきた事などを想います。

いつもは花をプレゼントしたりしていましたが、
今回はフランスからフランスらしいものをプレゼントしました。

こっちに来てから、母の手料理が食べれないのがとても残念。

フランスに来る前には、私の好きな鯛のあら炊き、うしお汁などを作ってくれました。
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そしてお雛様の3月3日には、こんなお寿司を作ってくれました。
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こっちに来て毎日料理をするようになり、
今まで母が色んなものをたくさん作ってくれていたお陰で、
特に料理本を見なくても料理できるって、こういうことなんだなーと実感しています。


そんな母、家族と今は遠く離れてしまい、
何かあったときにすぐに飛んでいけないのが気がかり。


先日、オーストラリアにいる友達が緊急帰国することになったということを知りました。
ご家族が大変な状況らしいです。

しっかりとした彼女は、

「大丈夫だと信じているし、
家族の事はもちろん心配だけど
同時に沢山サポートしてくれる友達や
周りにいてくれる人たちに感謝の気持ちで一杯」 と言っていました。

うん、確かに。


今はLINEやfacebook、Skypeなんかでみんなと簡単に連絡が取れるようになり、
本当に有難い。


今年は一緒にお祝いができなかったけれど、
いつか母と叔母とそしてイトコもみ~んなで盛大な誕生日パーティーをしたい!

母にも叔母にも、これから楽しいこと
幸せだと思えることが沢山ありますように。
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by naomusic | 2013-04-22 18:13 | 日常のアレコレ | Comments(0)

もう一つの卒業

実は、わたくし昨年の春頃からもう一つ仕事を始めていました。

場所は、 やすらぎ処 癒しの手 の東生駒店。

LAVAでの出勤日が減り、空いた時間ができたので、
もう一つ仕事をすることに決めたのでした。

以前からずっと興味のあったマッサージ。

お店の名前の通り、 「癒す」 という仕事。

ヨガにも通ずるところはあるかもしれませんが、
マッサージは実際に体を触って、疲れている箇所をほぐしたり、押してみたり、
ストレッチしたりと体を知ることがとっても重要になってきます。

やればやるほど、体のことが知れ、すごく面白い。

どこをほぐせば、どこがほぐれるかや、ここが凝っているということは、
こういう所にも影響があるかもしれない、などなど
経験豊富な先輩たちに色んなことをたくさん教えて頂きました。


私はあまり日数多く働くことはできませんでしたが、
それでも一緒に働いたスタッフのみなさんがめちゃめちゃ楽しくて、
毎回職場に行っておしゃべりするのが凄く楽しみでした。


そんなみなさんが、1年も経たないうちに職場を離れる私のために
送別会をしてくれました!

1か月も前からアイデアを出し合って、考えてくれていたんだって。
※プライバシー保護のため、お顔隠してます。

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司会や飾り付け、私の絵もサイコー!

定番のチンゲン菜ゲームや私のリクエストで皆でチューチュートレインも。
大人なのに、子供みたいにはしゃげる仲間がいるって幸せ。

終盤には、一人ひとりがメッセージを私に向かって伝えてくれて感動しました。

ケーキも私の好きなものをこっそりリサーチして用意してくれたそう。
(フルーツいっぱいのタルト!!)
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本当に本当にありがとうございました。


心から尊敬でき、そして楽しく優しい仲間と出会えたことに感謝します。

またみんなで遊びたいー!

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足つぼ好きの方は、ぜひぜひ東生駒店に行ってみてくださいね!
めちゃめちゃ効きます。(Nちゃん、デコありがとう)
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by naomusic | 2013-03-01 16:48 | 日常のアレコレ | Comments(0)

最高のおもてなし。

先日、音楽がきっかけでお知り合いになり、仲良くして頂いている方のお家へお邪魔しました。

以前にも一度お邪魔させて頂いたことのある御宅です。

お料理上手の奥様に、そば打ち名人のご主人。

前回は、ご主人にそば打ちを教えて頂き、その時からご主人は私のそば打ちの師匠!と呼ばせて頂いています(^ ^)

まずは、前菜から。
右から、百合根とイカの梅肉和え・お浸し・椎茸と湯葉と生姜の酢の物。どれも美味!
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そして大根を出汁で炊いた物。
これ絶品!!
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奥様が作る和食は、出汁を昆布と鰹でとるところから始まります。
丁寧な仕事が味に出てますねー。
素晴らしいです。

そして、メインは手打ち蕎麦。
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今回は二八蕎麦。
ご主人の手打ち蕎麦は本当に美味しい!コシがある蕎麦は他ではなかなか味わえない。
こんなに美味しいお蕎麦が家で食べれるなんて、幸せだろうなぁーとしみじみ思いました。

更に天ぷら
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美味しい日本酒
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写真は無いですが、生麩の田楽まで。

そして、〆は温かいつけ麺風そば。
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奥様がツユを作り、ご主人が蕎麦を作りの2人の合作。そしてこのつけ麺風そばは、お二人が考案された新作だそう。
こんな食べ方したことなかったですが、とっても美味しかったです。

最後には手作りの苺大福。
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心もお腹も大満足!

私もこんな和食が作れるようになりたい、と改めて思いました。

やっぱり美味しい物を作るってすごく大事。
食べる事は命を育むことの一つですもんね。

また料理も少しずつしていこうと思います。

素敵なNさんご夫妻に、心から感謝です。

ごちそうさまでした!
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by naomusic | 2013-02-04 22:54 | 日常のアレコレ | Comments(0)

奈良からフランス南東部の片田舎に嫁いだ元ヨガ講師。いつでもどこでも自然を、そして人を愛する30代女子の日々の諸々を綴ったブログです。
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