フランスの田舎で畑、子育ての日々いろいろ

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欲しかった物。

去年から買いたいなー、
欲しいなーと思っていた物。

靴でも鞄でも洋服でもなく…

コレです。
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雨が降った時など、外で洗濯物が干せなかったり、ちょっとした物を洗って干したい時に便利!

安いスーパーLIDLの広告に、
€9.99と出ていて、早速今日買いに行ってきました。

思ったよりも大きくて、大満足。

ジョスに『コレ欲しいねん!』と言うと、何故だか笑われましたけど。

主婦街道まっしぐらな私です。
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by naomusic | 2014-08-28 20:06 | フランス生活2014 | Comments(0)

久しぶりの注文です。

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握り、ちょっとサマになってきたような(笑)
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どんだけ振りの注文なんや…
というくらい、Sushi de Naomi への注文はありませんでしたが、
昨日ひっさしぶりに6人分の注文を頂きました。

と言ってもパン屋さんやタバコ屋さんに貼ってもらっているチラシを見て…ではなく、またまたジョスの友達のお姉さんという友達繋がりから頂いた注文です。

お寿司プラスで作ったのが、酢の物と揚げ餃子。
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ワカメ、海老、モヤシ、キュウリを入れました。更に庭にある紫蘇も入れ、完全なる日本食(と私が勝手に思っています)完成。
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餃子は焼き餃子で販売しているのですが、母に揚げ餃子の方が冷めても美味しいというアドバイスをもらい、揚げ餃子にしました。
大量に作って冷凍してある物だったので、揚げるのが難しいかな〜?と思いましたが、低温から揚げれば問題なし!
ベトベトにもなりませんでした。

これだけ作って料金は€80。
これでも割引きしたんですけど、
小さな村では高いと思われているのだろうか…?と感覚がわからない私です。

日本でだともちろん高いお値段ですが、フランスで寿司となるとちょっとの量で1人€20弱はします。

労働時間、材料費などなども含めながらの値段設定…
商売って難しい。
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by naomusic | 2014-08-27 14:54 | フランス生活2014 | Comments(0)

フランスから母国を想う

先日ローカル新聞でこんな記事を発見。
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福島の子供達がアルデッシュ県セント・マルセルで、カヤック体験&鍾乳洞見学。
この活動の企画者、組合いの方の紹介が記事にされていました。
ululeという名前のグループのようです。
(http://fr.ulule.com/fukushima/)

セント・マルセルは私が住む村の隣。
夏には川に泳ぎに行くこともあります。

こんな近くに来てたんや〜…と思うと、
何だか切なく、日本人とは言え全く面識がない人たちなのにも関わらず、すごく会いたかったなぁ…という想いに。

それだけ日本人に飢えている私です…。


というのは置いておいて、福島のこと。

きっと日本にいた時よりも、
ここフランスで生活している今の方が
私は福島の事を考えていると思います。

フランス人に日本人だと言うと、
必ず【Fukushima】という言葉が返ってきます。

今では東京よりも有名になった、福島。

アメリカや日本に続く原発大国のフランス。
フランス人にとって福島は他人事ではないのでしょう。

実際今現在、ジョスも原子力発電所でメンテナンスの仕事をしていて、
少し前にはとても危険な場所での仕事をしました。

その際に放射線の一種である、ガンマ線を規定量マックスで浴び、それから一週間腰の痛みと頭痛、いつもとは違う疲労感が続いていました。

もちろん防御服、放射線感知用のアラームなどを付けてでの仕事だったらしいのですが、それでも体には影響があるということ。


私の住む地区には原発所がいくつかあり、そのためそこで働く人も周りには沢山いるのが現状です。
結局、生活していくためには仕事が必要だからです。そして更にはフランスは大丈夫だと自信を持つ人も沢山います。

だからなのか、矛盾しているのかはなんともいえませんが、福島があんなことになって、日本で生産される食べ物の安全性を疑う人たちも沢山います。

確かに目ではっきりと危険性を確かめられるものではないし、安全だ!と言い切れることでもありません。

でも、フランスは大丈夫だと言い切れるのか?と言えば、それも違うような気がします。


広島での災害のことも然り。

アルデッシュでも豪雨が続き、亡くなった人もいました。

不思議な事に、自分の母国の事が遠い国フランスで身近に考えさせられる日々が続いています。
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by naomusic | 2014-08-26 19:18 | フランス生活2014 | Comments(0)

夢と寝言

昔から、寝言をよく言う癖がある私。

カナダにいた頃は、一緒に住んでいた友達が
いきなり寝言を言う私にびっくりしていたっけ(笑)

ジョスと一緒に暮らし始めた当初は、
寝言を聞かれるのが恥ずかしい…と思っていたけれど、
今では普通になりました。

といっても毎日寝言を言うわけでもないし、
実際ジョスもたまに寝言を言うことがあるので、
お互い様といった感じ。


で、つい先日のこと。

夢全体を覚えているわけではないのですが、
夢の中で、高校時代からの友達何人かと一緒にいる私。

友達と、先生だか誰だかを 「あの人、〇〇に似てるで!」
「え~、そうかぁ~」、 「ホンマや!」 と言いながら
何やらやりとりをしていました。

制服を着ていたのかいなかったのかも
ハッキリ覚えていません。

そんな、誰かに似てる、似ていないの会話が続き、
最終的に友達が、
「見て!あれは確実に、阿部寛やで!」 と言い出し、
私がその人を見ると、そこには阿部寛がいました(笑)

というか、阿部寛に似てる人を自分の夢の中で見るのも難しいのか、
そこには阿部寛本人と思われる人しか居ませんでした。

というよくわからない夢で、
その阿部寛を見た瞬間、私は爆笑。

夢の中で爆笑したはずが、現実にも爆笑し
寝ながらよくわからない声を出し笑った、という先日の出来事です。

ジョスに気づかれたかな~と思って翌日話すと、
全然気づいていなかった様子。
”気づいてくれてても面白かったのになぁ…”
と恥じらいはどこえやら、それを聞いてちょっと残念な私でした。

今までも夢を見て笑うことは何度かありましたが、
爆笑したのは今回が初めて。

こんな面白い夢ならいくらでも見たいわ~。
しょうもないけど(笑)


この夢をきっかけに、
学生時代のことを思い出しました。

そういえば…中学の修学旅行で
長野にスキーをしに行った時のインストラクターは、
舘ひろしに似ていたし、
高校の時の修学旅行(高校の修学旅行も長野でした)
でのインストラクターは、反町隆史に似ていると言って、
「ソリマ」 と呼んでいたり、
高校の国語の先生は、ミスターオクレに似ていて
「オクレ、オクレ」 とみんな呼んでいたっけなぁ。

ホント、しょーもないことやけど、
そんな事が楽しかったな~と
夢を通してしみじみ思いました。
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by naomusic | 2014-08-25 19:43 | 日常のアレコレ | Comments(0)

創作料理

簡単で割とよくする
南仏風野菜のオーブン焼き。

ズッキーニが採れ過ぎているのと、
ジャガイモを買ってから随分使っていなかったので、この二つを使ってオーブン焼き。
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野菜を薄く切って、綺麗に並べて
塩コショウ、オリーブオイルをかけて
200度のオーブンで焼くだけ。

基本は、茄子、トマト、玉ねぎ、
ズッキーニが定番の材料みたいです。


そして昨日作ったのがこちら。
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あるレシピからヒントを得て適当に作りました。

ジャガイモを茹でて潰し、
炒めた玉ねぎ、焼いた白身魚をほぐして混ぜ、塩コショウと軽くブイヨンで味付け。

薄く切った茄子を少しの油で炒めて、
上記のジャガイモを茄子で巻き、
間違って買ったベシャメルソースが余っていたので、それと粒マスタードを混ぜたものをお皿の下に敷き、茄子で巻いたジャガイモたちを並べてトマトを間に挟み、最後に軽くパルメザンチーズをかけてオーブンで焼きました。

金曜日はワケありで肉を食べないので、白身魚を使いましたが、正直ベーコンとかひき肉の方が美味しいと思います。

ジョス曰く、今が旬のキノコ、セップを混ぜたら香りがよくていいんちゃう?との事です。

キノコ入れても美味しいかもね。


以上、
まずくもなくメッチャ美味しいわけでもなくの、適当に作った料理でした。
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by naomusic | 2014-08-23 17:30 | 食のこと | Comments(0)

残念なトマトたち。

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虫で散々悩まされた畑のトマト。
無残な姿になりました。

が、しかしこれ結局…
虫のせいではなかったんです。

今年は異常に雨が多かったため、湿気からくる病気にかかってしまったのです。

更にジョスが土が乾かないようにと、草や木のクズなど土の上に被せていたのが逆効果になってしまいました。

例年なら本当に日差しがキツく、土も乾燥して毎日水やりをしなくてはいけないほどなのです。

しかしながら、こんな例外もありで色々と勉強になりました。

トマトが枯れていくのは虫のせいではないとわかったのは、途中からあまりにも速いスピードでどんどん葉や茎が変色していったため。

もしかしたら病気では?と思い、ジョスがネットで調べ、まさしく私たちのトマトと同んなじ状態の写真を発見。

そこで湿気からくる病気だとわかりました。
よくある病気のようです。
なので、この病気を防ぐ化学肥料も沢山あるよう。

とはいえ、病気にかかってしまったトマトなので全て抜き、何とも無惨な姿になりました。
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すっごく大きく成長していたので、とても残念です。

水分を好むナスやインゲン、カボチャやズッキーニはスクスク成長中。

小さかった茄子もこの通り。
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で、虫たちはというと…

こんな白かったのが、
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こんなに大きくなりました(笑)
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もうそろそろ羽ばたいていくんじゃないかな?


日本では普通に履いてたブーツも、
今では足先の部分の底がめくれてしまったので、畑専用ブーツとなりました。
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畑をし始めて作った野菜を食べ始めてから、
生きていくって簡単なことじゃないなーとつくづく思います。

普通に仕事をしてお金を稼いで食べる物を買う、のが当たり前の現在ですが、
むかーし昔の人たちは、せっせこと食べる物を自分たちで育てていたんだなぁ〜と考えると、今無職の私でも毎日生きていくために働いてるんだな、と思わざるを得ません。

昔に比べるとホント、食に興味がなくなってしまったけれど、生きるために食べるという重要性を感じるようになりました。

あっ、わたし昔からサバイバー気質です。
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by naomusic | 2014-08-22 19:10 | フランス生活2014 | Comments(0)

最も美しい町の一つ

キノコ狩りプラスで
アルデッシュ県の西に位置するMillauという町に
ペタンクの大会を観に行ってきました。

私たちが行った17日がちょうど最終日だったのですが、
偶然にもプレイ中のジョスの友達に遭遇しました。

子どもから大人までフランスの人たちは
本当にペタンクが好きなんだな~と実感。

そんなMillauは想像以上に大きな町で、
且つ周りには山が広がる景色のいいところでした。

私たちがキャンプをしていたのは、Floracという場所でしたが、
そこからMillauまでは約2時間ほど。

その間、山道を通ったのですが、
その山道が思いのほか道幅が狭く、
対向車が来るたびに少しヒヤヒヤしました。

その途中、セント・エニミー(Saint Enimie)という町に
立ち寄りました。
この町はフランスで最も美しい町の一つに指定されてるようです。
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※写真が悪いですが…

それに相応しく、石造りの可愛い家々が並び、
町沿いには川が流れ、山に囲まれた素敵な場所でした。

セント・エニミーだけではなく、
道中には小さな町がいくつかあり、
どの町もフランスの歴史を感じる趣ある場所でした。

私たちが泊まっていたFloracも然り。
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石造りの家や道が続く通りは本当に絵になります。
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元々ヴィンテージ、アンティークなど
古い物が好きな私ですが、
こんなフランスに触れることで、
フランスが少しずつ好きになってきました。

私は断然パリより、田舎派なのだな~と
この休暇を通して実感しました。

旅行にも絶対おすすめの場所です。
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by naomusic | 2014-08-20 20:05 | フランス生活2014 | Comments(0)

今年もキノコ狩り!

先週金曜日から月曜日にかけて、
アルデッシュ県、ロゼレ県周辺にキノコを探しに行ってきました。

去年、キノコ狩りデビューした私。
宝探しをするような面白さで、
ハマってしまいました。

今年はキャンピングカーを借りて探しまくろう!
と言っていたのですが、結局テントを持って
キノコ狩りへ繰り出しました。

一日目は8月15日聖母被昇天の祝日ということで、
グル―ノーブル近くにある教会のミサへ行き、
そこから2時間ほど車を走らせ、ランゴーニュまで。

キャンプ場に着いたのはいいものの、
この日は寒すぎて(疲れていたのもあり)、
結局キャラバンを借りて寝ることにしました。

人生初キャラバンは、思っていたよりも小さかったのですが、
割と快適でよく寝れました。

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夜ごはんは持って行っていた
スパゲッティとトマトソース、サラダなど。
とはいっても、前日夜と当日朝に急いで用意したので、
色々と持っていこうと思っていたものを忘れるという始末。

日本でキャンプをするときは、
必ず友達が色々と持って来てくれていたなぁ~。

まあでも今回も、ジョスが用意していったもの、
私が用意していったもの、合わせて何とかキャンプができたので、
2人いて成立するもんなんだな、と実感。

そしてそこに今回は、ティティンも一緒。
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車移動でかなり疲れていたティティンでしたが、
これで鍛えられたかもしれません。

森の中では、フェレットの本能からか
何か所かで穴を見つけては一生懸命掘っていました。
その姿がなんともおかしかったです(笑

ちなみに私たちはというと、
まずはジョスが今年初セップ(CEPES)を発見!
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しかしながら、採ってみると
中はナメクジにかなり食べられていました。
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この後も順調に発見し、
私も一つ大きなセップを見つけ、
思っていた以上に収穫がありました。
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二つ並んだ可愛いセップも。
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そして、オムレツにすると美味しいらしい
オレンジ色のキノコ。(名前は、ジ…なんとか)
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今年のフランスは雨が多く、
気温もあまり上がらずで、例年よりも早い時期にキノコ狩りスタート。

ジョスの友達はセップを6キロも収穫したんだそう。

私たちもまた週末を利用して、
キノコ狩りに繰り出す予定です。
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by naomusic | 2014-08-19 17:20 | フランス生活2014 | Comments(0)

フランスの常備菜?

トマトに茄子、ズッキーニなど、
夏野菜が畑で採れるのは嬉しいのですが、なかなか食べるのに追いつかない…

ということで、こんな時フランス人はどうするのかというと、トマトでトマトソース、茄子なども使ってラタトゥイユ、ズッキーニやインゲンなどは冷凍する、みたいです。

トマトソースはトマトだけで作り、使う時にニンニクや玉ねぎ、塩コショウなどで味付けするんだそう。
最初から味付けすると、後で色んな物に使えないでしょ、というコトです。

で、私もやってみました。

トマトソースに
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ラタトゥイユ。
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ちなみにトマトソースは、ローマントマトという長細い形の物がソースにするには合うそう。

ズッキーニとゴーヤはスライスして冷凍。
それでもまだまだ採れるズッキーニとゴーヤは、パウンドケーキにして朝食べています。

ゴーヤケーキに
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今日焼いたズッキーニとレモンのケーキ。
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茄子もまだまだ採れるので、調理法に困ります…(~_~;)

幸せな悩みです。
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by naomusic | 2014-08-13 21:01 | 食のこと | Comments(0)

本からのメモ

最近読んだ渡部和子さんの「美しい人へ」の中で
自分がメモしておきたいこと。

‐真に自由な人とは孔子の言葉にあるように「心の欲するところにしたがえども
矩をこえず」といって、思った通り振舞って、そのすること、なすことが正しいこと、善いことである場合にのみ言えることです。つまり、真に自由な人とは、善悪をはかりにかけて、そのどちらでも等しく選択できる人ではなく、真の善を妨げなく追い求めて行くことのできる人です。情念に妨げられることなく、無知の不自由さに拘束されることなく、自由に振舞ってなおかつ人の道に外れない人です。そして、そうなるためには自分との戦いが必要です。

‐人間関係は、連帯感を必要とする一方、個の確立を必須のものとします。それは、自分にしか送れない生活を自分が送ることへの責任と誇りを持った人の生き方であり、同時に、他人にもそれと同じ権利があることを認める生き方です。人間関係のむずかしさに「我の強さ」がよくあげられますが、それは、他人を無視した自己の主張でしかなく、真に求められるのは「個の確立」であります。

‐信じるということは決して、事実を否定したり、隠蔽したり、事実から逃避することを意味していない。自己の判断力を弱めることでもない。それは、この世の中には、目に見えない世界があることの確信から出発し、信頼に応える人間性への畏敬の念と、自分の判断がすべてでないという謙虚さと、裏切る可能性のある人間の弱さへの寛容をふまえた上での、きわめて人間的な行為である。

‐信頼というものはお互いが大切に、宝のように育ててゆかなければならないもので、信頼することによってのみ、「信じていたい」ことが事実となって招来されるのである。その意味で信頼こそは、科学万能の世にあって、奇跡を働くものといって良いかも知れない。

‐信じることの辛さ、厳しさは人間本来の真偽をたしかめたいという欲求を抑えること、または放棄するところにある。たしかめる対象は事実であるのに対し、信じる対象は真実だと言っても良い。山本有三の“真実一路”という小説の中で、不義の子として生まれた娘が、自分の出生の秘密をひた隠しに隠した義父を恨むくだりがある。その時、叔父にあたる人が娘に向かって、「お父さんがお前にうちあけなかったのは、ただ隠しているのではない。うそを言っているのではない。そこには事実を超えた大きな真実があるのだ。事実を語ることは、だれにもできるが、真実で押し通すことは、そうだれにもできることじゃないよ」と言っている。
今の私たちは、テレビなどの情報機関の発達、視聴覚教材の豊富さの故に、あまりにも事実の世界になれてしまい、存在するものは事実だけであって、目に見えない真実の世界と呼ばれるもののあることを忘れてしまっているのではなかろうか。

‐事実の世界では「一」は「十」より少ない。しかし、真実の世界では「かけがえない一つ」の重みは数としての「十」の重みと比べられない時さえあるのだ。星の王子さまは自分の星に一輪のバラを残して地球にやって来た。そこで見つけた五千本ものバラの花に向かって、「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけねんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。ぼkのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちと同じ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなより、たいせつなんだ」と言う。王子さまにとってその一輪がそんなに大切なわけは、そのバラのために時間をむだにしたからだ。つまり、目に見えないたいせつなもの――愛――を注いだからだと言うのである。

‐意味はあるというより自分で与えるものなのかも知れないのだ。そのもの自体に意味がなくても、それを意味あらしめるところにほんとうの人間の生き方と深い喜びがある。

‐日本人が人間というとき、読んで字のごとく人の間に生まれ落ちたものということで、神とも動物とも異なったものとしてのとらえ方は通常なされていない。仏教の輪廻の思想に強く影響されてか、天上界にも生まれ得、畜生道にも落ち得るもの、そしてたまたま人間界という場に前世の因縁で生まれたもの同士の集まりといった感がつよく、したがってヒューマニズムといっても、日本の場合、その「かなしい存在」同士のいたわり合いといった情緒的なものが強いように思われる。人間主義というより人情主義だといわれる所似であろう。昔、「恩知らずは人でなし」といわれたが、人間が人間らしくあるということは、人の間の義理、人情、恩をわきまえていることによって証明されたのであって、ヒューマンとしての捕え方、つまり動物と異なって自由を持つもの、また神と異なって不完全なもの、この両者を絶妙なバランスのもとに伴わせそなえるべきユニークな存在としてではなかった。「ひとぎきが悪い」「ひとまえを考えなさい」「ひとに知られたらどうします」「ひとに言わないでください」。これら一連の「ひと」の用法はいずれも、世間体、世間をあらわしていて、「人間に言わないで、猫になら話してもいい」というような使い方はしないのである。

‐このようなヒューマンと人間との違いを理解していない結果、ヒューマニズムが単なる自分より不幸な人への同情に終始し、人間の尊厳と切っても切れない「責任をとる能力」が相手にあることを忘れ、また一方では、人間の本質的な弱さに対してのゆるしというよりも、「いいじゃないか、大目に見てやろう」というこれまた、当事者でない者が持つ安易なゆるしになり終わっている事実があまりにも多い。

‐外国人と日本人の言葉への態度の違いとしてよくあげられることに、「イエス」と「ノー」の使い方がある。「昨日は雨が降りませんでしたね」に対して日本風に答えれば、「ハイ、降りませんでした」、外国風に答えれば、「イイエ、降りませんでした」となる。後文を略すると、まったく反対の返事となることに気づく。日本人が相手の気持ちを中心に答えているのに対して、外国人は事実を中心に答えるところからの違いだろう。この日本人の相手を思いやる気持ちをいつまでも失いたくない一方、あまりにも状況に左右されて、自分の主体性、事実の客観性を失うようなことがあってもいけないと思う。

‐かかる襖、障子に四方とりかこまれて、たえず、隣室を思いやり、人の気持ちを察しながら育った日本人には、ドアの文化の中で物事をはっきりさせながら育った人たちと異なった細やかな、同時に他を慮りすぎる感受性が訓練されてきた。石の具体的表示がなくても、襖が立て切ってあれば、「入ってほしくないのだな」と察し、ヒソヒソ話が聞こえれば、「聞いてほしくないのだな」と察するという、名人芸とも言うべき「察し」と「思いやり」を育てる要素が従来の日本人の生活様式の中にあった。
 今、次々に建てられてゆく団地、マンション、個人住宅がどれほどの襖、障子のたぐいを残しているのかは知らないが、「鍵っ子」といわれる程、ドアの文化で育つ子どもたちと、襖の文化の中で育った人たちとの間に、人間関係がなかなかうまくゆかないのも当たり前かも知れない。

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by naomusic | 2014-08-12 20:51 | 日常のアレコレ | Comments(0)

奈良からフランス南東部の片田舎に嫁いだ元ヨガ講師。いつでもどこでも自然を、そして人を愛する30代女子の日々の諸々を綴ったブログです。
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